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名古屋高等裁判所 昭和60年(ネ)312号 判決

控訴人(一審本訴被告・反訴原告)

早川博人

右訴訟代理人弁護士

鋤柄一三

被控訴人(一審本訴原告・反訴被告)

岡安商事株式会社

右代表者代表取締役

岡本昭

右代理人支配人

中道宏司

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  当審における控訴人の新請求に基づき、被控訴人は控訴人に対し、金三二一万三四五七円及びうち金二九一万三四五七円に対する昭和五三年九月五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  当審における控訴人のその余の新請求を棄却する。

四  当審における訴訟費用はこれを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。反訴として、被控訴人は控訴人に対し、主位的に、金六四五万五七六二円及びこれに対する昭和五七年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員の、予備的に(当審において追加)、金七四五万五七六二円及びうち金七〇五万五七六二円に対する昭和五三年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴及び当審における控訴人の新請求をいずれも棄却する。当審の訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  本訴請求及び不当利得に基づく従前の反訴請求に関する主張の補充

本件の各取引委託契約は仮に成立したとしても、勧誘から総手仕舞に至るまで、既述(原判決事実摘示)及び後記二のとおり、商品取引所法、受託契約準則、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項に違反してなされた、被控訴人の不正な営業行為と目すべきものであり、公序良俗に反し、私法上も無効のものである。それを単なる公法上の義務違反にとどまるとしたのでは、業者の「やり得」を認めることになり、法の趣旨を生かすことにならないから、かように私法上も契約を無効と解すべきである。

二  反訴請求の追加

被控訴人主張の本件取引委託契約やそれに基づく各取引は、委託の勧誘から総手仕舞に至るまで、商品取引所法、同法施行規則、受託契約準則、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項、受託業務に関する全協連の協定事項等にも違反する、次のような違法な取引方法によつてなされたものであり、この間、被控訴人方従業員において控訴人から委託本証拠金、委託追証拠金、差損内入清算金等の名下に金員を取得した行為は、優に控訴人に対する不法行為を構成するものである。そこで、控訴人は、新たに、次の不法行為に基づく損害賠償請求を付加する。すなわち、

1  訴外永吉伸仁は被控訴人の従業員として被控訴人のため商品売買取引の受託及び委託の勧誘等の業務に従事していた者、控訴人は工業高校出身の会社員で、本件商品先物取引に巻き込まれるまで同取引に関する知識など皆無であつた者であるが、永吉は昭和五三年三月ころ、たまたま無差別電話による委託者勧誘の網に触れた控訴人に対し、再三面会を求め、「絶対損はさせない。何人も儲けさせた。」「取引するには取引が一〇枚単位なので一口七〇万円がいるが、たとえ損が出てもその範囲で埋め合わせるのだし、うまくいけば何倍もの儲けになる。」等と利益が生ずることが確実であると誤解させる断定的判断を提供する一方、先物取引におけるいわゆる追証制度の説明をせず、加えて、一口制の売買方法を説明して取引単価を誤信せしめるなど違法な手段により勧誘した上、同年四月二日ころ、控訴人からの買注文もないのに、「もう小豆一〇枚を買つて取引を始めた。早く、委託証拠金の七〇万円を用意してくれ。」と虚言まで申し向け、控訴人をして委託契約をせざるをえない心境に追い込み、強引に同月五日、取引委託契約をなさしめると同時に、委託本証拠金として七〇万円を払わせた。

2  かくして、同日から、控訴人名義の小豆の先物取引が開始されることになつたが、控訴人は先物取引に無知なため、取引の指示は全くしていないのにかかわらず、永吉は、じ来同年六月二三日までの八〇日間に計二九回の無断売買を行つた。

この間、控訴人は、永吉から数度利益を生じた旨の報告を受けただけで、利益金の支払も受けたことはないばかりか、同年四月中ころ、永吉から「今のところ、一寸、損計算になつたから追金を頼む。こんな損はすぐ取り戻せるから心配ない。」などと言われ、「追金」の意味もよく分からぬまま、言いくるめられて、同月一四日四〇万円、同月二七日一〇〇万円、同年五月一七日三二万三七七〇円、同月二三日二〇万円というように次々と金員を支払わされた。控訴人は、同年五月上旬ころ、電話で、永吉及びその上司である被控訴人の名古屋支店長井上健至に「勝手に売買されて、報告書だけもらつても分からん。もうやめて下さい。」と申し入れたが、井上支店長からは「そのうちに一度会つて話をしましよう。」という返事だけで、その後も、相変わらず身に覚えのない損計算が記載された売買報告書が送付され続けた。控訴人は、同年六月中ころ、たまりかねて井上支店長と面談し、「どうして勝手に取引するのか。もう絶対やめてくれ。損が出たといつても、私の知らんことで金もないし、払えん。」と抗議したところ、同支店長は「損のままやめるのか。やめてもよいが、相当、損が出ており、今までの証拠金だけでは足りんから、不足分を支払え。近いうちに計算して連絡する。貴方は無断というが、報告書も出しているし、貴方の名前で取引したんだから、やめるならきちんと払つて下さいよ。」と申し向け、控訴人名義の取引を手仕舞にすることだけは同意した。

3  右の如き次第で、控訴人名義の取引は同年六月二三日ようやく総手仕舞となつたが、被控訴人はこれにより控訴人に七〇八万二〇〇〇円の差損金が残つたと主張し、永吉は、「きちんと清算しないと、私が会社から給料の差止めをされて困るし、サラ金のように取立屋を頼むことになるが、それでは貴方も困るだろう。」と暗に、もし被控訴人の支払要求に応じなければ、ヤクザ等の取立屋を差し向けるようなことを言つて控訴人を脅した。このため、控訴人はやむなく更に、(1)同年七月一五日五〇万円、(2)同月二〇日三〇万円、(3)同日七〇万円、(4)同月二九日一〇万九九九二円、(5)同年八月三〇日五〇万円、(6)同年九月四日一〇〇万円の各金員を支払つた。

ところで、被控訴人は右のうち、(1)、(2)及び(6)の計一八〇万円については、控訴人から支払のあつたことを否認するが、もし右一八〇万円が被控訴人に入金になつていないとすれば、右は永吉に詐取されたものである。すなわち、右一八〇万円は、控訴人が、永吉の指示により、富士銀行名古屋支店の永吉の個人口座に振り込んだものであるところ、永吉は、悪らつにも、右金員の一部を利用して、控訴人には何の相談もなく勝手に「鈴木隆」なる架空名義の委託口座を設け、同年七月二一日から同年一〇月一六日までの間六〇回にわたり小豆の先物取引をした。尤も、右鈴木隆名義の委託証拠金として被控訴人に支払われたのは合計一二九万円であるので、残金が何に使われたかは不明であるが、いずれにしても右一八〇万円は、永吉が被控訴人の義務の執行中に、不正の目的をもつて控訴人から取込み詐取したといわざるをえないのである。

4  以上、永吉の不法行為により、控訴人が昭和五三年四月五日から同年九月四日までの間に委託本証拠金、委託追証拠金、差損内入清算金等の名下に支払を余儀なくされた金員は総額六四五万五七六二円に及び、控訴人は同額の損害を被つたものである。

加えて、控訴人は、右永吉の不法行為によりノイローゼになるなど精神的苦痛を受けているので、この慰謝料として金六〇万円が相当である。

被控訴人は、永吉の使用者として、永吉が控訴人に与えた右各損害を賠償する義務がある。

5  更に、控訴人は、当審における訴訟の追行を弁護士鋤柄一三に依頼し、費用として金四〇万円を支払つたので、被控訴人に対し、この弁護士費用も損害として賠償を求める。

6  よつて、控訴人は被控訴人に対し、右損害金合計七四五万五七六二円と、このうち弁護士費用を除いた七〇五万五七六二円に対する不法行為完了の日の後である昭和五三年九月五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人の主張)

被控訴人が控訴人から委託を受けてなした本件取引に関し、永吉伸仁ないし被控訴人に不正があつたという控訴人の主張事実はすべて否認する。被控訴人は控訴人の指示により委託売買注文を受注し、その注文が成立する度に、控訴人宛に売付・買付報告書兼計算書を郵送し、右注文の確認をし、また、控訴人も右注文を確認したからこそ、昭和五三年四月五日から同年八月三〇日までの間一〇回にわたり株式及び現金にて証拠金或いは帳尻損金の入金をなしてきたものである。かように、控訴人の注文や金員の支出は、すべて控訴人自身が納得の上行つてきたものである。

(新たな証拠)〈省略〉

理由

一本訴請求並びに不当利益に基づく反訴請求について。

右各請求に対する当裁判所の認定判断は、控訴人が被控訴人が認めるもの以外にも損失金名下に支払つたと主張する一八〇万円についての事実認定を除き、原判決がその理由において説示するところと同一である。よつて、原判決一三枚目表末行から一四枚目表三行目までを除いて、右をここに引用する。しかして、右一八〇万円に関する当裁判所の認定は後記のとおりであるが、これを被控訴人に対する弁済と解しえない点において当裁判所の判断も原判決の判断と結論的には異るところがないから、右はその余の判断に影響を与えない。また、当審における証人井上健至、控訴本人の各供述も右引用にかかる原判決の認定、判断を左右するものではない。

本件取引のほとんど全部が控訴人の事前の具体的な指示なしになされたものであり、委託証拠金の徴収も商品取引所法、受託契約準則の定めるところに従つてなされておらず、被控訴人の従業員で外務員である永吉伸仁の勧誘の方法等にも種々違法の点のあること後記のとおりであるが、これら全部を総合しても、本件契約が公序良俗に反する等の理由により、私法上無効とするには至らない。

よつて、被控訴人の本訴は正当であり、また、控訴人の不当利得に基づく反訴は失当である。

二不法行為に基づく反訴請求について

1  被控訴人が名古屋穀物商品取引所の商品取引員であること、控訴人が被控訴人に対し、昭和五三年四月五日、同取引所が開設する商品市場における小豆の売買取引を委託し、その証拠金として同日七〇万円を預託したのを皮切りに、その後同年五月二三日までの間に控訴人主張どおり合計二六二万三七七〇円(最初の七〇万円を含む。)の金員を委託証拠金名下に被控訴人に預託したこと、そのほか損失金名下に控訴人が被控訴人に対し、同年五月一七日二二万二〇〇〇円、同年六月一五日五〇万円、同年七月二〇日七〇万円、同年同月二九日一〇万九九九二円、同年八月三〇日五〇万円の各支払をなしたこと、以上は当事者間に争いがなく、この間複数回にわたり小豆の委託売買取引があり、右取引の結果昭和五三年六月二三日の総手仕舞時に控訴人にそれまでに支払われた右五月一七日と六月一五日の弁済金を加味すれば総額七〇八万七〇〇〇円、加味しなければ七八〇万九〇〇〇円の損失が生じたこと、右各個別取引が少なくとも控訴人の事前の指示なしになされ、控訴人が事後にその結果を追認する形で進められたものであることなどは、前記認定(原判決引用)のとおりである。

更に、〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  控訴人は、昭和四〇年工業高校を卒業し一八歳で日本電装株式会社に入社し、同社勤務のサラリーマンとして今日に至つているものであるが、昭和五三年三月ころ、被控訴会社名古屋支店の社員から突然電話による勧誘を受けるまで、株取引の経験はあつたが商品先物取引の経験はなく、制度の仕組等についてもほとんど何の知識も有しないものであつた。

そのころ、被控訴人の名古屋支店においては、顧客を開拓するため、高等学校の卒業生名簿等に基づき、電話によるいわゆる無差別勧誘をしばしば行つていたのであるが、たまたま控訴人の電話の応対態度が担当員には脈がないわけではないように感じられたので、同支店においては昭和五三年三月中旬ころから同年四月五日ころに至る間、再三控訴人の勤務先に電話して「いい話だから。」と勧めたうえ、登録外務員の永吉伸仁を右控訴人の勤務先に派遣してじかに勧誘させた。

永吉はそのころ被控訴人の従業員であるが、固定給のないいわゆる歩合外務員であつたものである。

(二)  永吉は同年四月五日までの間に三度控訴人の勤務先に控訴人を訪ね、昼休み時間に控訴人と会い、「株と同じだから。」「証拠金は一口七〇万円だが、損をしても半分の三五万円まででやめれば、それ以上に損をすることはない。」「小豆の値段は値上り傾向にあるので、今買えば確実に上る。」等と、損をしても限界があるから心配はないし、うまくいけば大儲けができるかのように強調して勧誘し、なかなか承知しようとしなかつた控訴人を四月五日ようやく口説き落とし、同日付で売買取引の委託をすることの承諾書を受取る一方、同日の二場一節で別紙(甲第四号証の一に同じ。)記載番号1の売買取引(「買い」)を行つた。但し、その限月、数量、売買を行う日、場、節等はすべて永吉の独断で決定され、控訴人は永吉まかせの形であつたものである。なお、控訴人は同日被控訴人に対し七〇万円の委託証拠金を支払つた(争いのない事実)が、右は控訴人が勤務先の社内預金をおろして用立てたものであつた。

(三)  控訴人としては素人として少しずつ研究しながら取引するつもりであつたが、永吉はあたかも控訴人から一任売買の委任を受けた如く行動し、控訴人に対する明確な事前連絡もせず、その具体的承諾も得ないまま、その後同年六月二三日までの間三〇回にわたり行われたのが本件取引であり、その明細は別紙記載のとおりである。そうして、右明細を一見しただけでも、例えば、四月五日から同月二七日までの二三日間に二一回の取引がなされている、四月一〇日以後同月二七日までに建てられた新規の取引はすべて「売り」であり、その取引枚数は合計一〇五枚に達している、そうしてこのような大量の「売り」がその後の小豆値段の値上りによつて大きな損失を生む原因となつたとみられる、番号3と5、9と10、11など、新規の取引を即日または翌日に仕切り、その同じ場に仕切つたのと反対の建玉を新規に建てるといつたものがある、などの特徴を容易に見出すことができる。更に、これを控訴人の委託証拠金の支払状況と対比させて考えると、永吉は入金されている委託証拠金の枠を超えて頻々と新規売買を行つたことが明らかである。

(四)  右の如き取引の結果、控訴人はいきおい次々と委託証拠金の追加支払を要求されることとなつた。控訴人は、「話が違う。」などと永吉に苦情を述べたが、「証拠金を払わないと大きな損が出る。」「一次的に損が出ているが絶対に儲かるから心配ない。」などと言われて、結局、控訴人は同年五月二三日までに控訴人主張の証拠金の追加を一六〇万円は現金で他は株券を預託して支払つた。控訴人の支払つた一六〇万円の現金のうち一〇〇万円は弟から借りたものであり、預託した株券はその後永吉により換金され証拠金に流用されたが、永吉は右有価証券の処分に際し控訴人からの同意を書面によつて得た形跡はない。

また、右の間控訴人は同年五月上旬過ぎから被控訴人名古屋支店に電話をかけ始め、また同年六月上旬ころには同支店長井上健至に面会して取引をやめてほしい旨申出たが、「今やめるのは損だから。」となかなか応じてもらえず、同月二三日にようやく総手仕舞をみるに至つたものである。但し、五月以後新規になされた取引は同月三〇日の「買い」のみで(しかも、これは後日仕切られて利益を生んでいる。)、仕切られていない多くの既存建玉があつたから、被控訴人が控訴人の解約申出に直ちに応じなかつたために控訴人に何程の損害が生じたかは証拠上必ずしも明らかでない。

(五)  同年六月二三日現在でそれまでの全取引の損益を計算すると差引七八〇万九〇〇〇円の損失となり、ために控訴人は解約後この後仕末に追われることになつた。このため、控訴人は同日以後、(1)同年七月一五日五〇万円、(2)同月二〇日七〇万円、(3)同日別に三〇万円、(4)同年八月三〇日五〇万円、(5)同年九月四日一〇〇万円の各金員をいずれも前記損失金に充当する目的で支払つたが(右のうち、(2)(4)の支払については争いがない。)、(2)(4)は富士銀行名古屋支店の被控訴人の口座に、(1)(3)(5)は同銀行同支店の永吉伸仁の個人口座にそれぞれ振込む方法で支払われたものである。このように振込み先を違えたのは、永吉が「控訴人関係の取引で生じた欠損のため、給料の支払をとめられている。実績を作るため自分宛にも送金してくれ。」と頼んだからであるが、永吉は右自己宛に送られた金員を、鈴木隆名義で委託を受けたと称して永吉が同年七月二一日以後に行つた取引の委託証拠金その他に流用してしまつたため、永吉宛に振込まれた分は被控訴人には入金されなかつた。

尤も、永吉の証言中には、永吉が控訴人に損失を挽回するために第三者名義で取引の委託をすすめ、控訴人がこれを承諾したとする如き部分がある。そうだとすれば、右(1)(3)(5)の計一八〇万円はもともと控訴人が損失金として支払つたものではないことになる。しかし、永吉の供述中には他に右供述を否定する部分もあつて一貫性がなく、控訴人が経験してきた従来の経過からみて、控訴人が更に第三者名義で取引を委託しそのための追加出費をしたとはにわかに解し難いから、右永吉の証言部分は採用できない。

(六)  控訴人が昭和五三年六月二三日以前に支払つた委託証拠金計二六二万三七七〇円は全額前記損金の一部に充当され、同年七月二九日には委託証拠金として預託してあつた充用有価証券(新日鉄一〇〇〇株)の売却代金一〇万九九九二円も損失金に充当された。他に同年六月二三日以前に損金充当分として被控訴人に受け入れられた七二万二〇〇〇円がある(争いのない事実)。

かように認められ、前掲各証拠中右認定に反する部分は措信しえず、他に右認定を妨げる証拠はない。

2 そこで、右認定事実に基づいて被控訴人の不法行為責任について判断する。

(一) まず、勧誘について控訴人は被控訴人の従業員の勧誘に商品取引所法九四条一号違反の「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して」の勧誘があつたと主張するが、以上認定の事実関係によれば、永吉らの発言は未だ取引上許された域を超えないものと見る余地があるから、控訴人の右主張は結局採用し難い。しかしながら、叙上のとおり、本件については無差別電話勧誘、一口制の勧誘など商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項にもとる方法で勧誘が行われているばかりでなく、委託追証拠金が必要となる場合等について十分な説明をせず、漫然と控訴人に損をしても証拠金の半分までしか損をしないと信じこませ、不安がつていた控訴人を先物取引に引きこんだことが認められるから、先物取引の経験が全くなく取引の仕組み等についてもほとんど無知であつた控訴人に対する勧誘としては、それ自体としては不法行為とはならないまでも、次の無断売買を大量に規定どおりの証拠金を徴収せずに行い、結果的に控訴人に巨額の損失を被らしめたことと一体として考察するときは、全体として不当との証価を免れ難いものである。

(二) 次に、本件取引自体についてであるが、無断売買が商品取引所法九四条四号、九六条、受託契約準則一八条に違反するものであることは言うまでもない。本件ではそれが大量になされているが、控訴人にはもともとそのような巨額の投機をなしうる資力もなかつたのであり、先物取引の危険性を十分理解すればそのような委託をそもそもする筈のないものである。更に、所定の証拠金をとらず、次々と新規の売買がなされたため、損失がいきおい多額化するに至つた。委託証拠金は主として商品仲買人が委託者に対して取得すべき委託契約上の債権を担保するためのものであるが、同時に委託者を過当投機から保護する機能をも果たしうるものであることを否定することはできず、本件においては特に永吉が「損計算となつても委託本証拠金の半額相当額の損計算となつたところで取引をやめれば、それ以上の損害が発生することはない」ことを強調して控訴人をして取引の委託をなさしめるに至つたのであるから、無敷、薄敷の取引を単なる取締法規の違反取引として見過ごすことはできない。しかも、昭和五三年四月一〇日以降同月二七日までに行われた一一回の新規取引がすべて「売り」で、これが結果として大きな損失となつたこと前認定のとおりである。永吉は、「小豆は現在値上りの傾向があるから買えば儲かる。」と言つて控訴人から取引の委託を受けながら、それから旬日を出ずして控訴人に何の説明もせず大量の「売り」建玉を建て、一方小豆の値段は依然値上り傾向が続いたのであるから、たとえ永吉の行動が自己の相場観への過信の余り控訴人に損害を及ぼすことの故意までは有しなかつたとしても、少なくとも見込みに反して控訴人に多大の損失を被らせる結果になつてもやむをえないものとして行われたものと推認せざるをえない。以上を総括すれば、本件取引によつて控訴人の被つた損失は、永吉の不法行為によつて生じたものと解することができる。

(三) 永吉が控訴人から富士銀行名古屋支店の永吉名義の口座に一八〇万円を送金させこれを他に流用した行為が永吉の不法行為となることはいうまでもない。因みに附言すれば、永吉は右金員を鈴木隆名義にてなす取引の委託証拠金等に使用した旨証言するが、鈴木隆名義で預託された証拠金は全額で一二九万円であるから、右一八〇万円が永吉によつて如何様に使用されたのかは本件全証拠によるも不明である。

(四) 以上の永吉の各行為が被控訴人の事業の執行につきなされたものであることは明らかであるから、被控訴人はその使用者として、民法七一五条一項本文により、控訴人が右不法行為により被つた損害を賠償すべき義務を負うものである。

3  そこで控訴人主張の損害について検討する。

(一)  まず、永吉が自己名義の口座に送金させ他の目的に流用した一八〇万円が控訴人の被つた損害であることは明らかである。

(二)  右一八〇万円以外に控訴人が損失金として支払つた金二〇三万一九九二円について。

右金額の支払があつたことは当事者間に争いがない。そうして、控訴人をして右の如き損失を発生せしめたについては、被控訴人の側に種々違法の点があつてこれを不法行為とみるべきこと前記のとおりである。従つて右二〇三万一九九二円はこの不法行為に基づく控訴人の損害に属するということができる。

(三)  控訴人が委託証拠金として支払つた二六二万三七七〇円について。

右金額の支払があつたことも当事者間に争いがない。このうち最初の七〇万円を除くその余の一九二万三七七〇円は、永吉が委託追証拠金が必要となる場合についてほとんど説明をなさず、控訴人の具体的指示をまたずして次々と取引を反覆継続し、しかもその結果巨額の損失を生ぜしめたことから控訴人に返還されないことになつたことなど前認定の経過の中で考えると、これを右永吉の不法行為によつて生じた控訴人の損害と解して妨げない。よつて、右二六二万三七七〇円のうち、一九二万三七七〇円を損害と認める。

(四)  慰謝料について。これについては、控訴人が被控訴人の従業員の勧誘に応じて先物取引に関わりを持つて以後、次々と金員支払の請求を受け、この間それ相当の精神的苦痛を味わつたであろうことは推察に難くないが、右については後述のように控訴人自身の軽率さ、射倖心によるところも少なくなく、且つ財産上の損害は財産上の請求をもつてこれを回復するのを本則とすべく、その財産的被害の回復をもつてはなお回復しえない精神的損害があるとすれば、それは特別の場合であるから、右特別の場合にあたることの主張立証がなければならない。本件においては、右に認定した事実のみからは未だこの特別の事情の存在を認めえないから、控訴人の慰謝料の請求は容認しえない。

(五)  最後に弁護士費用であるが、控訴人が一審では弁護士を依頼せずに応訴して敗訴となり、当審において弁護士を依頼し本件訴訟を追行しているのであることは本件訴訟の経過から明らかである。右の如き訴訟の経過、本件事案の内容、認容額等に鑑みれば、本件については弁護士費用として三〇万円を損害とみるのが相当である。

4  過失相殺

被控訴人は、控訴人の出費は控訴人自身が納得の上行つたもので不法行為となるいわれのないものである旨主張している。この主張は、控訴人が被控訴人から、取引のあつた都度送付された売付・買付報告書兼売買計算書に異議を言わず、証拠金を損失金に充当するについても格別の異議をとどめなかつたことをもつて、控訴人に対する不法行為の成立を否定する点では理由がない(右の如き事実は未だ不法行為の成立を妨げるものではない。)が、控訴人に生じた損害のなかには控訴人自らの落度(過失)によつて招いた部分のあることを主張する点では理由のあるものである。

すなわち、控訴人は、先物取引が投機性が高くそれ相応の専門的知識も経験もなしにこれを行うと時として大きな損害を被ることがあるのは公知の事実であるにかかわらず、漫然被控訴人の外務員の勧誘に乗つて取引の委託をなし、被控訴人から売買取引の都度その報告書兼計算書が送られて来、それによればやがて大きな損失になるかも知れない取引が次々となされているのに少なくとも被控訴人に正式に異議を述べることをせず、永吉の言葉に引きずられて取引を継続、拡大し、損害の増大を招いた点において、控訴人自身にも過失があつたものというべく、殊に永吉個人の口座に振込んだ一八〇万円の点については、その余の損失金の支払は被控訴人宛にしながらこれのみは永吉に言われるまま同人宛に送金し、これを被控訴人に対する支払以外の用途に使わせる素地を作つた点において、控訴人の過失は相当大なるものがあるといわなければならない。

そこで、被控訴人が控訴人に対し賠償すべき損害額については、右の点その他本件にあらわれた控訴人・被控訴人双方の諸事情を斟酌し、そのうち永吉個人宛に送金した一八〇万円については控訴人の過失を七割、右一八〇万円と弁護士費用を除くその余の三九五万五七六二円についてはこれを四割とし、控訴人の被つた損害より右各割合の金員を控除するのが相当である。

5  してみると、控訴人の、不法行為に基づく反訴請求は、右一八〇万円の三割たる五四万円、三九五万五七六二円の六割たる二三七万三四五七円及び弁護士費用三〇万円の合計金三二一万三四五七円並びにそのうち弁護士費用を除いた二九一万三四五七円に対する損害発生の日の後である昭和五三年九月五日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当というべきである。

三結論

よつて、本件控訴を棄却し、控訴人の当審における新請求については右正当の限度で認容し、その余は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小谷卓男 裁判官海老澤美廣 裁判官笹本淳子)

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